「ぶる」のではなく「らしく」
■抜粋
日経ビジネス 2008/6/9 有訓無訓
一龍齋 貞水 講談師・人間国宝
講談の題材は人と人との関係を取り上げている。
どうしても語り手の人間性がにじみ出てくる。
"大看板"の師匠と若手では、同じ演目をやったとしても違いが出る。
でも、若手が駄目かといえばそうではない。
技術は拙くとも、若者らしい情熱あふれる語り口、取り組み姿勢には心揺さぶられるものがある。
「若手にはまず『らしく』しなさい。『ぶる』んじゃないよ」と言い続けている。
新人営業マンが「御社の課題は・・・」などと、いきなり話し出しても説得力はない。
「今の自分らしく」「身の丈」でやるしかない。
教わるだけでは情熱は生まれない。
技が欲しければ自分で取りなさい、盗んでいきなさい、という考え方がこの世界にはある。
教える側が若者の立場に降り立ってはいけない。
厳しいようだが、この方が結果的に若い人の力になっている。
こうやって心と技を伝える。
■雑感
かなり共感。
自分の経験に照らしても、まさにそのとおり。
浅はかな虚勢はすぐにばれる。
特に公務員なんて、企業人から見たら素人集団もいいとこ。
わかった風に話しても、その底の浅さなんてすぐにばれます。
ちょっと違うけど、「らしく」という表現を借りれば、公務員の役割を認識して「身の丈」にあった振る舞いをしないと。
許認可権を振りかざして偉そぶってもね。
本当は、その身の丈を伸ばして、「らしく」の範疇を広げなければいけないのでしょう。
少し趣旨は異なるが
「雑にするから雑用になる」
この言葉は常に意識をしなければ。
そこから何を学ぶかは、その人にかかっている。